【神社の起源】神社はどうやってできたのか?
日本には神社が約8万社もあり、これは国内で一番多い建物ランキングの1位です。
私たち日本人にとって神社は身近なものですが、神社の起源を知っている人は少ないのではないでしょうか?
そもそも神社ってなに?
神社というのは、日本特有の宗教である神道の建物です。
日本神話に出てくる神様だけでなく、外国の神様や自然物、さらに歴史上の偉人が祭られています。
要するに、日本人はなんでもかんでも神様として祭るという、風習があるんですね。
各地にある神社は、信仰の中心となる〇〇大社から、分霊を分けてもらい増えていきました。
このような神社を分社といいます。
各地の稲荷神社の大本は京都の伏見稲荷大社。
また、各地の住吉神社の大本は大阪の住吉大社です。
神社の基本がわかったところで、神社の起源についてお話していきます。
神社の始まりは縄文人
神社は神道の建物ですが、その神道というのは縄文人が行っていたアニミズム信仰が始まりになっています。
このアニミズムという言葉には生命を与えるという意味がありが、アニメの語源になっています。
縄文人は「あらゆるものに魂が宿る」と信じていました。
その対象はとは風、火、雨、雪、太陽が昇るなどの自然現象
木、山、川、岩、洞窟、滝、海などの自然物
人、植物、動物などの生き物
さらに、生活用品や井戸、剣、鏡、玉といった人工物も、アニミズム信仰の対象になっていました。
なんでもかんでも神様として祭る日本人の風習は、縄文時代のアニミズム信仰からきています。
このアニミズム信仰を基にして、神社ができていくわけですが、信仰の対象になったのは限られています。
噴煙を巻き上げる火山や恵を与えてくれる山脈、目をみはるほど成長した大木、巨大な岩や大きな滝など、特徴的だったり、時に荘厳で威圧感を与えるような自然物を信仰の対象としました。
自然物を御神体とする信仰を神奈備信仰(かんなびしんこう)といいます。
古代の日本人は信仰の対象となる自然物がある場所を聖域にしました。そして、この聖域が神社となっていくわけです。
自然物を御神体とする神社
花の窟神社の御神体は、伊邪那美神を墓標といわれる巨大な岩です。
天岩戸神社の御神体は、天照大御神が隠れたと言われる洞窟が御神体です。
大神神社の御神体は三輪山という山です。また、この神社が日本最古の神社といわれています。
これら神社の特徴は参拝する拝殿こそあるものの、御神体をおさめる本殿がありません。というか、山や洞窟を建物に入れることが無理です。
社殿は最初、壊していた
自然物から霊験を感じ取った古代人が、そこを聖域にしたのが初期の神社なのですが、御神体となる自然物があるだけで、現在のような社殿はありませんでした(聖域を示す鳥居はあったようです)
祭事が行われるの時だけ、社殿を造り、祭事が終わったら壊していたそうです。
ところが、「毎回社殿を建てるのが面倒になったのか」それとも「建てたままの方が合理的なのに気付いた」のかわかりませんが、社殿は建てたままになっていきます。
こうして、神社には社殿があるのが一般的になりました。
人が神様になる
縄文時代から弥生時代に移り変わると、人々は田んぼを作り稲を育てる稲作を行うようになりました。
安定的に食べ物が食べられるようになったので、人々は定住して国をつくって定住するようになります。
すると、人々は土地を開拓して田んぼを作ったご先祖様を五穀豊穣の神様や国の守り神として祭るようになりました。
このように、ご先祖様を神様として祭る信仰を祖霊信仰といいます。
弥生時代は小国乱立期といって、小さい国がたくさんあってまとまりのない状態でした。あの有名な邪馬台国ですら、たくさんある国の一つです。
ところが、天皇家の遠い祖先が大和朝廷という強力な政治組織をつくり、各地に点在していた小さな国をまとめます。
こうして、天皇家を中心とする国である、日本が産声をあげました。そして、大和朝廷が信仰していた天照大神(アマテラスオオミカミ)が日本で一番偉い神様になり、天照大御神の最高神とする神道が確立するのです。
御神体は自然物から人工物へ
神道の大本となったアニミズム信仰には、人工物も信仰の対象に入っています。
目を見張るような大木や大岩はなかなかありませんが、人工物なら作れます。
たとえば、鏡、剣、勾玉などが、御神体に選ばれていきます。
三重県の伊勢神宮では、三種の神器の一つである八咫鏡が御神体です。
愛知県の熱田神宮では、三種の神器の一つである草薙の剣が祭られています。
また、各地の神社の多くは御神鏡(鏡)が御神体として祭られている場合が多いです。
こうして剣や鏡、勾玉といった人工物も御神体として祭られるようになり、各地に神社が増えていったのです。